景気後退で消費者は外食から内食へとシフトしており

ソフトバンクは5日、09年3月期の第3四半期決算を発表した。08年4~12月は、携帯電話端末の販売台数が前年同期比23パーセント減になったことなどから連結売上高は同比765億円(3.7パーセント)減の1兆9822億円にとどまったものの、コスト削減やヤフーの好調な利益に支えられて営業利益は同145億円(5.6パーセント)増の2746億円と、9カ月累計ベースで最高益を更新した。

 09年3月期業績見通しに対しての進ちょく状況は、営業利益で80.8パーセントで、連結フリー・キャッシュ・フローの通期見通しを100億円上方修正して1500億円とした。

景気後退で調味料伸びる。調味料大手のダイショーは4日、2009年3月期の業績予想(単独)を上方修正した。タレや鍋物用スープの販売が好調で売上高は従来予想を1億8000万円上回る147億5000万円。最終利益は同500万円上回る2億7000万円となる見通し。

 同社では「景気後退で消費者は外食から内食へとシフトしており、調味料などの売り上げ増につながっている」分析している。

 同時に発表した08年4―12月期の業績はスープ類の販売が伸びて売上高が前年同期比4.5%増の114億9300万円。最終利益は同11.8%増の4億9200万円だった。
米衣料品大手ポロ・ラルフローレンが4日発表した08年10―12月期決算は、純利益が前年同期比7%減の1億500万ドルだった。1株利益は1.05ドル(前年同期は1.08ドル)。売上高は同1%減の12億5200万ドルだった。日本市場の子供服とゴルフ関連衣料の販売が好調だったものの、個人消費の低迷で既存店売上高が14%減と落ち込み、収益を押し下げた。

 08年4月―09年3月期通期の業績見通しも引き下げた。1株利益は4―4.10ドルから3.85―4ドルへ、売上高は前年比「1ケタの増加」から「横ばいまたは1ケタの減少」へ修正した。

米アップルが21日発表した08年10~12月期決算は、売上高が前年同期比6%増の101億6700万ドル(約9050億円)、純利益が同2%増の16億500万ドル(約1430億円)で、ともに四半期の過去最高を更新した。携帯音楽プレーヤー「iPod」の販売が好調で、売り上げ台数は2272万7千台と四半期の最高記録を塗り替えた。

— posted by サイト管理者 at 05:42 pm  

連邦議会議事堂

「チェンジ(変革)」を掲げて米大統領選に当選した民主党のバラク・オバマ氏(47)が20日正午(日本時間21日午前2時)、第44代大統領に就任する。米史上初のアフリカ系(黒人)大統領となり、黒人初の米軍最高司令官に就いた翌21日、イラク駐留米軍の16カ月以内の撤退を指示する見通しだ。

 オバマ氏は20日朝、ホワイトハウスでブッシュ大統領と面会し、就任式会場となる連邦議会議事堂に共に向かう。ジョセフ・バイデン次期副大統領(66)の宣誓の後、オバマ氏は正午前にリンカーン元大統領が使った聖書に手を置いて宣誓。約20分間の就任演説やホワイトハウスまでのパレードも予定している。

 任期は13年1月までの4年間。2期8年の任期を終えたブッシュ氏は妻ローラさんと地元テキサス州に帰る。

 18日にリンカーン記念堂で行った演説で、オバマ氏は「歴史上、このように重大な試練に直面した世代はごく一握りだ」と指摘。イラクとアフガニスタンの二つの戦争や、人々が職や家を失う深刻な経済危機を挙げ、「それでも私は、アメリカ合衆国がこれに耐え抜き、勝ち残り、建国の父たちの夢が私たちの時代にも生き続けるという希望を抱いて、ここに立っている」と語った。

 18日付の米紙ワシントン・ポストが掲載したABCニュースとの合同世論調査(13~16日に実施)の結果によると、政権移行期のオバマ氏の支持率は80%に達し、期待の高さを物語っている。

 一方、アクセルロッド次期大統領上級顧問は18日のABCテレビなどのインタビューで、オバマ氏が就任翌日の21日に米軍のマレン統合参謀本部議長らに対し、公約である「16カ月以内の戦闘部隊のイラク撤退」を指示すると明らかにした。オバマ氏はイラクから米軍を撤退させる一方、アフガニスタンに米軍を増派する方針だ。

— posted by サイト管理者 at 06:11 pm  

容易にアクセス可能

台湾のPCメーカーASUSTeK Computerは、同社の最新型ネットブック「S121」で「高級ネットブック」市場の開拓を目指している。S121は、知名度の高いEee PCシリーズには含まれず、「Ultra Slim Mobile Notebook」と呼ばれ、IntelのMenlowプラットフォームが採用されている。

 ASUSは、S121の高級感を高めるため、128Gバイトのソリッドステートハードドライブを搭載し、ディスプレイヒンジにはスワロフスキーのクリスタルガラスを使用し、さらに革製のパームレストを採用した。本体は、厚さ1インチ(2.54cm)弱、重量はわずか2.6ポンド(1.18kg)と軽量で、標準的なプラスチック製ネットブックの高級感ある代替製品に仕上がっている。

 またS121には、OS全体を起動しなくてもウェブやドキュメントに容易にアクセス可能なLinuxベースのクイック起動機能を備える(ASUSが最近発売したいくつかのシステムにもこの機能が搭載されている)。価格や発売時期などの詳細は間もなく発表されるだろう。

— posted by サイト管理者 at 04:20 pm  

連合軍により接収

阿蘇神社(あそじんじゃ)は熊本県阿蘇市一の宮町にある神社である。式内社(名神大)、肥後国一宮で、旧社格は官幣大社。日本全国に約450社ある「阿蘇神社」の総本社である。

大楼門は「日本三大楼門」に数えられる。現地には「阿蘓神社」と書かれた銘板も存在している。

目次 [非表示]
1 祭神
2 歴史
3 祭事
4 境内外社
5 文化財
6 交通
7 他の阿蘇神社
8 関連項目
9 その他
10 外部リンク



[編集] 祭神
神武天皇の孫の健磐龍命(一宮)、その妃神で土地の神の阿蘇都比咩命(二宮)をはじめとして以下の12柱の神を祀り、「阿蘇十二明神」と総称する。

一の神殿(左手)
一宮 -- 健磐龍命
三宮 -- 國龍神(二宮の父)
五宮 -- 彦御子神(一宮の孫)
七宮 -- 新彦神(三宮の子)
九宮 -- 若彦神(七宮の子)
二の神殿(右手)
二宮 -- 阿蘇都比咩命(一宮の妃)
四宮 -- 比咩御子神(三宮の妃)
六宮 -- 若比咩神(五宮の妃)
八宮 -- 新比咩神(三宮の子)
十宮 -- 彌比咩神(七宮の妃)
諸神殿(最奥)
十一宮 -- 國造速瓶玉神(一宮の子)
十二宮 -- 金凝神(一宮の叔父)
全国式内社御祭神3132座

[編集] 歴史
孝霊天皇9年6月、健磐龍命の子で、初代阿蘇国造に任じられた国造速瓶玉命(阿蘇都比古命)が、両親を祀ったのに始まると伝えられる。阿蘇神社大宮司を世襲しこの地方の一大勢力となっていた阿蘇氏は、速瓶玉命の子孫と称している。延喜式神名帳には、一宮が「肥後國阿蘇郡 健磐龍命神社」と記載され名神大社に列し、二宮が「肥後國阿蘇郡 阿蘇比咩神社」と記載され小社に列している。

肥後国一宮とされて崇敬を受け、広大な社領を有していたが、豊臣秀吉の九州征伐の際に社領を没収された。その後、改めて天正15年に300町の社地が寄進され、さらに、領主となった加藤清正、肥後藩主として入国した細川氏によって社領の寄進、社殿の造修が行われた。明治4年に国幣中社に列し、明治23年に官幣中社、大正3年に官幣大社に昇格した。詳しくは、阿蘇惟之編 『阿蘇神社』(学生社 平成19年)を参照


[編集] 祭事
踏歌節会
節分祭
お神楽
春の卯の祭
火振り神事
御前迎神事
風祭り
御田植神幸式
ねむり流し神事
秋祭り

[編集] 境内外社
東向きに楼門があり、境内には社殿が3棟ある。


[編集] 文化財
重要文化財
一の神殿
二の神殿
三の神殿
楼門
御幸門
還御門
太刀 銘長光(第二次大戦後、連合軍により接収、以後の所在不明)
牡丹造短刀(同上)

[編集] 交通
最寄駅:豊肥本線 宮地駅
駐車場:あり

[編集] 他の阿蘇神社
九州を中心として日本全国に当社の分社がある。また、「小一領神社」「郡浦神社」「宮原両神社」「健軍神社」「国造神社」なども当社の系統である。

青井阿蘇神社(熊本県人吉市、旧県社)
阿蘇神社(東京都羽村市羽加美4丁目) -- 多摩川サイクリングロード終点にある

[編集] 関連項目
多氏
阿蘇国造
阿蘇氏
国造神社 -- 式内社。当社十一宮の國造速瓶玉神を主祭神とする。
くまもとアートポリス - くまもとアートポリス'92既存選定建築物に選定。

理解できました。

— posted by サイト管理者 at 03:59 pm  

最少観客動員

[編集] キーワード

[編集] 下山事件とプロ野球参入
1949年にセ・パ2リーグ分立騒動が起こるが、当初国鉄は公共企業体という性質上、プロ野球参入には消極的だった。

一方、1949年7月5日、国鉄総裁・下山定則が失踪し、常磐線綾瀬駅付近の線路上で謎の轢死体で発見された(下山事件)。その後下山の死因をめぐり、2リーグ分立の主役である読売新聞と毎日新聞の報道面での相違(読売と朝日新聞が他殺体と報道しているのに対して、毎日が自殺と報道した)があった。

歴史の項でも触れたように2リーグ分立が具体化されると国鉄野球部員の集団引き抜きも相次ぎ、国鉄職員の団結力の向上を目指し、下山から総裁を引き継いだ加賀山之雄が、1950年1月に国鉄スワローズを結成。どちらのリーグに参加するかで話題となったが、「鉄道マンは鉄道自殺をしない」という験(げん)もあり、自殺説を報じた毎日主導のパ・リーグへの参加を断固拒否し、他殺説を報じた読売主導のセ・リーグへの加盟申請を行ったといわれている。

※この項の参考資料『ザ・真相』(2004年10月11日放映・テレビ東京)


[編集] フジサンケイグループ
1963年に国鉄球団と業務提携を結んだフジテレビジョンは、当時後楽園球場のテレビ放映権が日本テレビ放送網しか与えられていなかったため、当時東映フライヤーズがメイン球場としていた神宮球場を本拠地にすることを前提に球団経営を引き受けたといわれる。その後先述どおり1965年のシーズン開幕直後に正式に球団譲渡を受け入れてサンケイ(産経)スワローズ(1966年からサンケイアトムズ)とした。

国鉄から球団を買収した産業経済新聞社、フジテレビジョンは共にフジサンケイグループの企業。1970年に産経新聞は球団経営から撤退したが、ヤクルトは引き続きフジサンケイグループが球団を後援する事を条件に経営を引き受けたという。2000年にヤクルト球団の第三者割り当てで、産経撤退後も5%弱の球団株を保有していたフジテレビは従来の分も併せて20%程度の株式を引き受ける事となり、球団と業務提携を締結した(以降、スタッフ社員も代替わりし、スタッフはほとんどフジサンケイグループの者が取り仕切り、資金面、管理はヤクルト本社系統、チームの運営等はフジサンケイ系統からヤクルト球団に転入したもので構成されているという)。

これに伴い、フジテレビと同じフジサンケイグループのラジオ局・ニッポン放送も従来以上にヤクルト球団をバックアップすることとなったが、しかしながらそのニッポン放送は1979年以来横浜ベイスターズ(旧:大洋球団)の株式を保有し、フジテレビがニッポン放送(ニッポン放送ホールディングス)を吸収した2006年以降、フジテレビが横浜株を34万株(30.77%)保有している。同一企業およびそのグループが複数の、しかも同一リーグに所属するチームに関与している事が長年の問題になっているが(実際横浜が筆頭株主をニッポン放送に変更しようとした際に他球団のオーナーの猛反対にあいTBSが筆頭株主となった)、2005年にゴールデンイーグルスのオーナーである楽天が、横浜ベイスターズのオーナー(約70%保有)であるTBSとの資本提携を図った際に、根来コミッショナーは「楽天とは異なり、フジテレビは横浜、ヤクルト両球団に対して実質的な支配権を持っていない」との見解を示している。

尚、フジテレビ739(フジテレビジョンのCS衛星放送)では、これまでの巨人戦の地上波とのトップ&リレーナイターに加え、2005年から巨人戦以外の主催ゲーム全62試合(交流戦(日本版インターリーグ)18試合含む)を『SWALLOWS BASEBALL L!VE』という題でCS衛星放送独占中継することになった(これまではフジテレビが資本参加するJ SPORTSで放送されていた)。


[編集] 最少観客動員
サンケイアトムズ時代の1966年10月12日に川崎球場で開催された中日ドラゴンズ戦ダブルヘッダーでは、2試合ともたった100人の観衆しか集まらなかった。これはプロ野球の最少観客動員記録である。サンケイはその前日の10月11日にも同球場で広島カープ戦ダブルヘッダーを開催したが、こちらもそれぞれ250人、300人しか入らず、シーズン終盤の消化試合とはいえ、不人気ぶりを露呈する結果に終わった。


[編集] 試合球到着遅延事件
サンケイアトムズ時代の1967年10月9日、横浜公園・横浜平和球場で行われた中日ドラゴンズ戦ダブルヘッダーでの出来事。試合で使用する予定の公式球を搬送していたスポーツ店の自動車が交通渋滞のあおりを受けてしまい、試合開始予定の正午を過ぎても到着しないというハプニングが起きた。

その為公式記録員がセ・リーグの鈴木龍二会長に連絡を取ったところ、鈴木は「応急処置として中日側の了解を得て練習球で試合をするように」と指示を出したものの、中日側はこれを拒否。結果的には公式球の到着を待って37分遅れで試合が開始された。当時セ・リーグのアグリーメントでは「ダブルヘッダーで試合を行う場合、第1試合は日没5時間前までに開始しなくてはならない」と定められていたことから、中日の西沢道夫監督は「このままでは第2試合は中止になってしまうのではないか」と抗議したが、日程調整上当初のダブルヘッダー開催を強行した。

認識しています。

— posted by サイト管理者 at 02:38 pm  

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